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Posted by だてBLOG運営事務局 at

2011年06月25日

人を捜してます。

心残りがあるB:5です(T_T)

あの子に会いたい。


ブログには書かなかったのですが、震災後、石巻でわたあめを配って来ました。4月10日だったと思います。震災から1ヶ月が経つ頃、まだまだ避難所で生活している方が居る時でした。それまでは自分の事、知り合いとの事で精いっぱいの毎日でした。そして、何とか落ち着いてきた時に、何か自分に出来る事はないかと考え、避難所に居た知人に相談してみると、「子供の為に何かしてくれ」との返事。

何が出来る?子供が喜ぶ事、今の避難所に無い物は?

自分なりに考えた結果のわたあめでした。嫌いな子供なんて聞いた事がないし、よくわたあめを目にするお祭り事なんて開催されるかも分からない状況。絶対に喜んでもらえると思い、知人を誘い実行しました。

初めは、東松島市の公民館で配りました。予想以上に子供達に喜んでもらえ、やってよかったと思いましたよ。その後、もっと多くの子供に配ろうと思い、R45のコンビニ脇の空き地を見つけ、地主さんに場所を貸して欲しいと交渉しました。すると、快く承諾を頂く事が出来たので準備を始めました。

そして、あの子に会いました。

コンビニ隣の店から出て来た家族に声を掛けると、子供は大喜びで並んでくれました。しかし、お母さんが一言。

「私達の居る避難所へ来てもらえませんか?」

話を聞くと、そこの避難所は子供が多く、最近は不自由な生活に不満が出ているとの事。喜んでもらえるはずなんで、是非、お願いします!と言われました。

それを聞いて移動を決め、片づけを始めたのですが、その時気づきました・・・
楽しみにしてくれた子供にわたあめを作ってあげていない事を・・・。

「わたあめ食べたい〜!」と、大泣きする姿を見て後悔しました。せめて、子供の分だけでも作ってあげればよかったと。

「後で食べれるから!大丈夫だよ、学校に行っててもらうから!」そういうお母さんの言葉も耳に入らないくらい泣き続ける子供。お母さんには、「後で行きますから、よろしくお願いします」と言われます。もどかしい気持ちでしたが、片づけをして移動しました。

その子の家族は家を探していたそうで、その後も不動産を回る予定がある為に、あとで避難場所で待ち合わせをして別れました。手伝ってくれていた知人の予定もあった為、15時までですが、それまでは必ずその場所で待ってます。と約束をしました。その時はまだお昼前だった為、絶対に子供にわたあめを渡せると思ったのですが・・・

移動した先は小学校でした。事務所に行き、事情を話し、校庭に場所をお借りしました。子供が多いとは聞いていましたが、本当に沢山の子供が貰いに来てくれました。そして、大勢の大人の方も列に並んでくれました。

「子供を優先に作らせてもらいますから時間掛かりますよ。よければ作り置きしときます」と説明すると、

「並ぶのなんて、もう慣れっこだから♪気にしないで作っていいよ♪」と。

今思えばあの時は、何をするにも並んでましたね。当たり前の物が、当たり前に手に入りませんでしたもんね。普通の生活が恵まれた生活なんだと実感しました。ホント、今は幸せですね。

そして、大人の方からの注文は、「ウチの部屋は8人居るから、8個貰ってもいい?」
自分の分だけじゃなく、共に協力している方の事も忘れていないんです。もちろん喜んで作らさせてもらいました♪

沢山の方に並んでもらい、気がつくと間もなく15時になろうとしていました。あの家族が来ていません。知人の予定もずらす事が出来ない為、焦り始めました。どうにか30分延長してもらい、家族が来るのを待ったのですが、とうとう来ませんでした。残っていた材料でわたあめを作れるだけ作って、事務所に置いて来たのですが、直接渡せなかったのが悔しいです。でも、もしかしたら、いい物件があって契約をしていたから来れなかったのでは?と少しでもいい方向に考えながら片づけをしました。

最後に挨拶を済ませ、急いで帰路に着きました。自宅まで帰って来て、知人を見送ろうとすると「あの子とすれ違ったの気が付いた?」との言葉が・・・。
聞くと、小学校から出てすぐにすれ違ったとの事。向こうも気づいたのですが、走行中で流れていた為止まる事が出来なかったとの事でした。

いや〜、もうショックでした。知人を責める事も出来ないし、道具も2台に分けないと積めなかったので、自分だけ戻ってもなにも出来ませんでしたからね。家族も急いで帰って来てくれたのだろうし、申し訳ない気持ちでいっぱいになりましたよ。


震災から100日が過ぎ、あの家族もいつも通りの生活が戻りつつあると願います。
あの子も、あの日の事なんて忘れたかも知れません。
ですが、自分はあの子の泣き顏が忘れられません・・・。
その事もあり、仕事もほぼ石巻を担当させてもらい、探してるのですが見つけられません。

どうにかあの子に会って、今の時期ならかき氷でも作ってあげたい・・・。
そして、あの時は作ってあげられなくてごめんねと謝りたいです。


下の大泣きしてた女の子は幼稚園〜小学校低学年位。
上のお姉ちゃんは小学生中〜高学年位。
お母さんはハキハキした元気な方。
お父さんは短髪でメガネをしていたと思います。
車は紺、黒系の軽自動車でした。ワゴンR?

もし、この記事を読んでくれた方でも、知人の方でも結構です。
4月10日石巻市の釜小学校に避難していた、この家族の手がかりがあれば教えて下さい。
お願いします。









  


Posted by お腹弱い君 at 07:11Comments(16)日々の出来事